07:傷痕

 

 

 

柴田の肩に、足に残る銃創。

それを見るたびに、触れるたびに、俺の心がきりりと痛む。

銃で撃たれた痕は、とて醜くなる。

もちろん、俺は柴田のこの痕を見てそんな感情を抱いた事はないけれど。

でも、女の身でこんな傷を背負って、これからも生きていかなければならないこいつは、どんな気分なんだろう。

一度訊いてみたい。

でも、怖くて訊けない。

 

お前はきっと、この傷を負わせてしまった元凶の俺を恨んでいるんだろう。

 

 

 

「真山さん・・・それ・・・」

ある朝のことだった。

いつものように着替えようとした俺に、後ろから柴田の声が聞こえた。

「何?」

ワイシャツをいい加減に羽織って、柴田のほうを向いた。

「初めて見ました」

原因はよくわからないが、柴田はなんだかとてもショックを受けた顔をしていた。

「だから何を」

そう言いながら、柴田の方へ2、3歩進む。

柴田は目に涙を溜めて、俺の顔を見上げた。

「真山さ・・・」

もう突っつけば泣きそうな柴田だったが、朝から泣かれるのはあまり俺の気分もよくない。

「何?どうしたんだよ」

軽く抱きしめるように両手を柴田の体に廻した。

柴田の手が俺のワイシャツを掴む。

「すみません、真山さん・・・」

涙声の柴田の頭を撫でるように叩いて、それから出来るだけ優しく聞く。

「・・・何が?」

「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

柴田は俺の問いに答えようとせず、ただ繰り返し謝罪の言葉を述べるだけだった。

「・・・柴田?」

柴田の耳の辺りの髪の毛を掌全体で掻きあげて、柴田の表情を伺う。

突然柴田の大きな瞳が俺の方をじっと見つめて来て、少し戸惑ってしまった。

 

瞳いっぱいに浮かぶ、柴田の涙。

これを見るのは好きじゃない。

きっと俺の方が泣き出しそうな顔をしてると思うから。

 

「しーばた?どうしたよ?んー?」

「・・・・・・・」

「泣いてちゃわかんないでしょ?これから仕事だよ?お前のだーい好きな事件」

「・・・真山さん・・・」

「泣いてるとついていってやらないよ?捜査行くんでしょ?」

「・・・う・・・」

苦しそうに泣く柴田に思わず顔をしかめる。

どうしていいかわからない。

ただ、ゆっくりと柴田の頭を撫でてやる事しか出来なかった。

 

「・・・痛いですか?」

ゆっくりと柴田が俺に聞いた。

「何が?」

やっと話す気になった柴田に安堵しながら、柴田の顔を覗き込む。

涙で濡れた長い睫毛にしばし見とれる。

「・・・背中、痛くないですか?」

「は?背中?」

思いもよらなかった柴田の質問にあっけに取られた俺を見て、柴田は至極真剣な顔で頷いた。

それから、遠慮がちに柴田の腕が俺の体にまわされる。

柴田の指が俺の背中をゆっくりとさすって、そしてある場所で止まった。

 

そこは、柴田が俺を刺した傷が残る痕。

 

やっと柴田の涙の意味が理解できた。

俺は小さくため息をついて、それから柴田をもう一度しっかりと抱きしめた。

「・・・痛くないよ。もう治ってるんだから」

「あんなに傷痕が残ってるなんて・・・知りませんでした」

「お前、いっつもセックスの時電気消して欲しがるからね」

「だって、真山さんに裸見られるなんて・・・」

「おかしいよ?セックスまでしておいて裸が恥ずかしいって」

「すみませんでした・・・」

「いや、謝る事じゃないけど」

「そのことじゃなくって・・・真山さんを刺した事」

「しつこいって。あの時言ったでしょ?忘れろって」

「・・・でも・・・」

「お前のせいじゃないって何回言えばわかるの?しつこいよ?ホント」

「でも、許せないんです。真山さんの体に傷をつけた人間を許すことなんて出来ないです」

「俺はいいんだよ。男だから」

「よくないです!」

「それよりお前こそ・・・」

そう言って、俺は片手を少しずつ移動させた。

「私がどうかしました?」

 

俺の手が止まった所は、柴田の肩。

ここに、コイツは消えない痕を残している。

 

「ここの傷・・・痛むか?」

「やだ、真山さん・・・もうとっくに治ってますよ?」

「俺と一緒か」

俺はそう言って軽く笑って、そのままその場所に顔を埋めた。

「・・・悪かったな」

小さな小さな声で、柴田に詫びる。

柴田の手が俺の頭を優しく撫でてくれる。

「どうして真山さんが謝るんですか?」

「俺のせいだから」

「え?違いますよ?」

「俺なんかに出会わなきゃ、お前は綺麗な体のままでいられたんだ」

唇を柴田の肩に埋めているせいで声が篭もる。

けれども、震える声を悟られずに済んで、そっちの方が都合がいいのかもしれないと、頭のどこかでそう思った。

 

「綺麗じゃないですか?私のからだ」

 

柴田が悲しそうな声で俺に尋ねる。

その声に、胸の奥が抓まれた気がした。

顔を上げて柴田の目を見る。

そしてゆっくりと首を横に振った。

俺のその答えに柴田は少し安心したような表情を浮かべ、それからぽつりと話し始めた。

 

「これは・・・この傷は証なんです。真山さんと一緒に真実を捜し求めたっていう証拠。

だから、そんなこと言わないで下さい。私は傷痕だなんて思ってないですから」

そう言って柴田は、幸せそうに微笑んだ。

 

「私ね、真山さんに会えてよかったです」

 

不覚にも涙が出そうになった。

強い。

なんて強いんだ、柴田は。

俺は知ってるよ?

あの事件でお前が、体だけじゃなくて心までいっぱい傷ついた事。

それなのに、笑っている柴田は、とても強くて美しい。

 

傷痕は、残るものだとばっかり思ってた。

けれどもそうじゃない。傷痕でさえ一緒に違うものへと成長していこうとしてるのか。

 

「・・・柴田」

まだ少しだけ震える声で言った。

「俺の傷痕も証かもね」

「証?」

怪訝な顔で柴田が聞き返してくる。

「そう。俺が自分の手でお前を守れた証」

「そんな・・・」

柴田が困った顔をしている。

「大事な時に、大事なものを守れた証でしょ?」

「大事なもの・・・ですか?」

「そ。誰かさんは気づいてないみたいだけど」

「・・・真山さん・・・」

もう一度、柴田が幸せそうに微笑んで、俺もそれを見て笑った。

 

 

柴田に出会えて、よかった。

 

 

「ホントにホントに痛くないんですか?背中」

「しーばたー。だから、しつこい。大丈夫だって」

「だって・・・すごく大きな傷だったから・・・」

「そうなの?俺そういえば見たことない。背中なんか見えないし」

「あ、そうですか・・・ってことは・・・」

「ん?どうした?」

「その傷を見たことあるの、私だけってことですか?」

「ううん」

「え?真山さんまさか内縁の妻でも・・・?」

「話し飛びすぎ。いるじゃん、いくらでも。医者とか看護婦とか」

ああ、そういうことですか・・・」

「そういうこと」

「あー、でも嬉しいですね。医療関係者以外では私だけってことですよね?」

「まぁ、そういうことになるかもね」

「えへへ・・・照れますね」

「勝手に照れてれば?」

「はい。照れてます」

「馬鹿」

「・・・ねぇ、真山さん」

「んー?」

「これは勝手なお願い・・・というより希望なんですけど」

「何だよ」

「私だけがいいなぁ・・・って」

「何のこと?」

「ですから、真山さんの背中の傷痕を見たことのある女がこれからもずっと私だけだといいなぁって」

「・・・馬鹿」

「更に言うとですね、私の肩の傷痕を見たことあるのも真山さんだけって言うのはいかかでしょう?」

「『いかがでしょう?』じゃないよ。馬鹿?お前馬鹿?」

「えー。素敵じゃないですかー。うふふふふふ」

「・・・あ!やべー、もうこんな時間じゃん。行くよ、柴田。遅刻するよ?」

「あ、誤魔化しましたね?」

「うるせー。いいから急げよ、馬鹿」

「私はもう着替え終わってますよー。真山さんの方が・・・」

「お前が変なこと言って泣き出したりするからじゃんもうー」

「すみません・・・」

 

 

この傷痕は、俺とお前の絆の証みたいなものだから、

お前以外には触れさせないよ。

 

この傷痕は、俺たちにとって神聖なものだから、

誰にも汚いなんて言わせないよ。

 

綺麗な、綺麗な想いのかたち。

純粋で、まっさらなお互いの想いの結晶。

 

 

お前が俺をまもるために

俺がお前をまもるために

 

それぞれ、負った傷だから。

 

 

誰にも汚させはしない。

二人だけの聖域。

 

痛みでさえ、二人を結び付けてくれる。

そんな奇跡に感謝しよう。

 

 

 

出会えてよかった。

この世で一番大切で、一番愛しい君と。