05:俺の女
もう日付が変わる。 柴田と俺は、セックスも終えてベッドの中で一息ついていた。 いつもなら、柴田はセックスの後すぐに眠ってしまうのだが、今日はまだ寝そうにない。 俺もまだ眠る気はなかった。 なぜなら今日は休日で、揃って朝寝坊したから。
俺はいつものように、上半身を起こして煙草を吸っていた。 柴田はうつぶせになり、枕を抱えながらじっと俺の方を見ていた。 少しだけ出てる柴田の背中の白さが、明かりをつけていなくても目に鮮やかだ。 なんとなく、空いている方の手でさすってやった。 「お前、なんか着れば?寒くない?」 「大丈夫です。まだ暑いくらいですし」 俺に返事をするために、柴田の背中がさっきよりも少し逸らされた。 黒い髪が背中を滑り落ちる。 珍しく綺麗に洗われた髪から、さらさらと音が聞こえる気がした。 肩甲骨のでっぱりを優しく撫でてやる。 「風邪ひくよ?」 「でも・・・真山さんの手、気持ちいいから・・・」 柴田がうっとり、と言った風に瞳を閉じた。 その顔を見て軽く笑う。 気持ちいいのは柴田のすべすべの肌のほうなのだがと思ったが、敢えて口に出さなかった。
「あー、幸せ」 柴田が呟きというよりは、吐き出すように言った。 「ねぇ、真山さん?」 柴田がごろりと寝返りを打つ。 「胸、胸」 丸見えになった胸を隠すように、毛布を引っ張りあげてやる。 どうしてコイツは普段嫌ってほどガードが固いのに、このベッドの上でこうしてだらだらとしているときは、馬鹿みたいに無防備なんだろう。 そのギャップが可笑しかった。 「ねー、真山さん」 「んー?」 遠くにあった灰皿を手探りで手にして、毛布の掛かった自分の膝の上に乗せた。 「今日はいい一日でしたねー」 「・・・そう?」 「はい。だって朝寝坊出来たし」 「お前いっつも寝坊してんじゃん」 「二人で買い物行けたし」 「スーパーだけどね」 「ご飯も美味しかったし」 「俺が作ったんだけどね」 「こうして、のんびり出来てるし」 「セックスもしたしね。すっごいの」 「それから・・・うふふ、これは内緒にしよう」 柴田が嬉しそうに笑った。 『内緒にしよう』という自分の声が俺に聞こえていないと思っているのか、ちょっと含み笑いだ。 「何だよ、内緒って」 「ですから、内緒です」 「言えよ。気になるじゃん」 「でもー、内緒なんですってばー」 「言えよ」 「駄目です」 「言っちゃえ」 「言いません」 「しーばーたー」 「言いませんってばー」 「何?俺に聞かれちゃ困る事?」 「うーん・・・どうでしょう?多分、真山さん信じないと思いますよ?」 「何?幽霊にあったとか?」 「違います」 「ゲーノー人でも見たか?」 「見てません」 「じゃあ、何だよ。言えよ」 「・・・真山さん当ててみてください」 「やだよ。当たりっこないもん」 「えー?真山さんノリ悪ーい」 「何だよ!もったいぶってないで早く言えよ!叩くよ?ん?」 「・・・わかりましたよ。実はですね・・・」 「何」
「私今日、ナンパされちゃったんです〜」
思いがけない柴田の言葉に、俺は一瞬固まってしまった。 「・・・ほら、真山さん。絶対信じてないでしょう?」 「・・・・・・当たり前。何言ってんの?お前」 「本当なんですよ?信じてくださいー」 「お前なんかをナンパする男がいるわけないじゃん」 「ひどーい。いらっしゃったんですってばー」 「第一、俺今日ずっとお前と一緒にいたじゃん」 「そうなんですけどね。・・・えーと、覚えてますか?真山さんがスーパーから出た後、お一人で煙草を買いにもう一度戻った時」 「ああ、そういえば。・・・あの時?」 「はい」 嬉しそうに柴田がにんまりと笑う。 「え?どこのおじいちゃん?」 「おじいちゃんじゃないですよー!!えっと・・・20代後半くらいの男性です」 「マジで言ってんの?お前」 「マジですよー。『ヒマならどこかに行きませんか?』って」 「丁寧なナンパだね」 「あ、もっと今時っぽい喋り方だったんですけどね」 「そうだろうね。・・・で?」 「で?」 「お前はどうしたの?」 「え?断りましたよ。もちろん。『人を待っているので』って」 「へぇー」 「・・・安心しました?」 「何で?」 「私がナンパに引っかからなくって」 「別に?ついてけばいいじゃん」 「もうー!真山さんの意地悪ー!!」 柴田は、子供のように怒って頬を膨らませて拗ねた。
けれども、それから直ぐに真面目な顔をしてこちらを見つめた。 「少しね、怖かったんです」 「ん?」 「ナンパしてきた方、ちょっと強引な人で」 「よっぽど女に飢えてるんだろうよ」 「だから、『真山さん早く帰ってきて助けてくれないかなー』って思ったりしました」 「俺が助けると思う?」 「・・・あー、そっかー」 柴田がなるほどと納得したように頷いた。 俺はもう短くなった煙草の吸殻を灰皿に押し付け、それをベッド脇においてある小さなテーブルにコトリと置いた。
「・・・助けて欲しい?」 「え?」 「今度そういった状況になったらさ、俺に助けて欲しい?」 からかうように柴田を見て、質問を投げかける。 「・・・はい」 柴田の真っ直ぐな目が俺を見つめ返してくる。 「何て言って欲しい?」 俺は、柴田から目を逸らさずに訊いた。 「『俺の女に何してるんだよー?』とかですかねー」 柴田がお得意の夢見る少女ワールドを炸裂させる。 「何それ?言わないよ?絶対」 「えー?言って下さいよー」 「言うわけないじゃん。馬鹿」 「いいじゃないですかー。王子様みたいで」 「王子様?誰が?」 「え?真山さん・・・ぷっ」 柴田が自分の言った事に噴出した。 「お前失礼だよ!自分で勝手に言っておいて」 「だってー」 「だってじゃないよ。・・・って言うかさ、王子様は『俺の女』なんて言わないの」 「それもそうだ・・・じゃあ、ヤクザさんとか?」 「ヤンキーとかね」 「わーい!じゃあ私姐さんとか娼婦とかですかね?」 「喜ぶなよ」 「うっふふー。なんだかエキゾチック〜」
ふと疑問を感じ、柴田に聞き返してみる。 「・・・と言うかさ、お前は『俺の女』なの?」 「違いますか?」 それはキッパリとした返答。 淀むことなくそう言い切る柴田の瞳は、まだ真っ直ぐ俺の方を見つめていた。
『俺の女』 なんとなく、嫌いなフレーズだった。 自分の女、自分の所有物の女。 別にフェミニストでもないけれど、抵抗を感じてしまう。 特に、コイツのようなはっきりとはっきりと自分を持っている人間に対して使うのは。
「・・・お前はモノじゃないでしょ?」 あまりいい顔をしていない俺に、柴田はニコリと笑顔で返した。 「真山さんの所有物になれるなら、それでいいです」
それから、俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。 「・・・捨てないで下さいね?」 少し震えた声と睫毛に、少し苦しくなった。
手放したりなどしないのに。 恐れているのは、俺の方なのに。 髪を撫でて、それから抱え込むように腕を回す。 愛おしいもの、大切なものは自分の手で、守らなければ。 離れていかないように、ぎゅっと抱きしめていなければ。
「・・・真山さん」 柴田の声は、俺を心配しているように聞こえた。 「捨てても、ずっと着いてきそうだね、お前」 無理に明るく言ったけれど、胸は痛んだままだった。 「しつこいですからね?私」 柴田が少し笑ってくれる。 「うん、知ってる・・・」
互いに触れる素肌が気持ち良かった。 柴田の体はあたたかくて。 何故か、さっきセックスした時よりも柴田の体温を感じた。
お前に言われなくても、ちゃんと言ってやるよ。 お前に近づく男には、全員言ってやる。
『俺の女に近づくんじゃないよ』
俺から取り上げないでくれ。 この、泣きたいくらいの温かさを。
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