03:海
ザザーン。 寄せてはかえす波を真山は防波堤に座りながらぼんやりと見つめていた。 口にはいつもの煙草を咥えて。 潮風は冷たくて思わず顔をしかめる。
人気のない、冬の海。 真山は何故かここに来ていた。 ため息を一つ。 優雅に沈みかける夕陽が、何故かとても憎たらしい。
「真山さぁーん」 間抜けな柴田の声がして、真山は一層眉をひそめた。 「見てくださーい!わかめ見つけちゃいましたー!!」 柴田は、浜辺で拾ったのだろう、小汚い海草を持って嬉しそうにこちらにぱたぱたと走ってくる。 こんなに寒いのに、どうして柴田はこんなに元気なのか。真山には全く理解できなかった。 柴田は子犬のようにはぁはぁと息を荒げながらも、真山の元にたどり着いた。 「見てください、真山さん。わかめです」 「何拾って来てんの?そんなのゴミじゃん、ゴミ。きったねー」 「ひどーい!!ミネラルたっぷりなんですよー。せっかく見つけたのに…これ、お夕飯にしましょうよー」 「やだよ、そんな得体の知れないモン」 「えー?美味しいかもしれないじゃないですかー。…ちょっと食べてみますね」 ばしっ 「食うなよ。拾ったモンを」 「大丈夫です。私こう見えても頑丈ですから」 「どう見ても頑丈だよ」 「…ですから食べてみます。いっただきまーす」 「ヤメテ?人として。ね?」 「でも…私そう言えば、ここ二日くらいご飯食べてないんですよねー」 「調書なんかに夢中になってるからでしょ?お前が勝手に食わなかったんじゃん。知らないよ?俺」 「真山さん、冷たいです」 「誰かさんが道に迷ったせいで、知らない海に連れて来られて、 それでも文句一つ言わない俺のどこが冷たいの?ねぇ?柴田ー?」 「いひゃい…ほほ抓るのやめてくらはいー」 「柴田さーん、君の部下の真山君は冷たい人ー?あったかい人ー?どっちかなー?」 「も…もひろんあったかい人れすー」 「よーし。ちゃんとわかってるみたいだねー」 そう言って、真山は左右に思いっきり広げてた柴田の頬から手を離した。
心なしか赤く腫れ上がった頬を抓りながら、柴田が恨めしそうに真山の方を見る。 「…何だよ」 随分と灰が長くなってしまった煙草を改めて吸いながら、真山は柴田の方を軽く睨むように見た。 「…真山さんって…」 「何?」 「あったかいけど、厳しい人ですよね」 「…何それ?」 柴田の言っている意味がなんとなくわかったが、真山は敢えてわからないフリをした。
そのことをわかっているのか、柴田はかすかな笑みを浮べただけで何も言わなかった。 ただ、黙って二人で海を見た。 夕陽で紅く染まる海。 水平線の向こうは、どこに繋がっているのだろうか? もしかしたら、厄神島…黄泉の国に繋がっているのかもしれない。
「…お父さん、元気かなぁ」 二人同じ事を考えていたらしい。真山がちょっと笑う。 「死んでんだもん。これ以上悪くなりようがないでしょ?」 真山の言葉に、柴田も少し笑った。 「そうですね。じゃあ、病気も怪我もないんだぁ…ちょっと安心しました」 柴田の綺麗な横顔を盗み見て、真山は目を伏せて短くなった煙草を捨てた。
「死んだ人間よりもさ、自分の心配したら?」 雰囲気を変えるように明るい声で真山が言う。 「自分の心配ですか?」 「うん。そろそろなんか食った方がいいんじゃない?」 「あー…そういえば、お腹すいてきましたー」 「あ、満腹中枢はまだ働いてんのね?よし、なんか食いに行くぞ。お前のおごりね?柴田」 「えー?またですかぁ〜?」 「誰が道に迷ったの?ねぇ、誰がこんな海に連れてきてくれたのー?」 「わかりましたよー…あーあ。私係長なのに…」 「係長でも署長でもお前は俺に一生奢る運命なの。あきらめな」 「えー…じゃあ、真山さんは私に奢られる運命?ずるいー!」 「いいじゃん。そのかわりお前のお守りしてやってんだからさ。ね?」 「なんか納得行かないです」 「行かなくていいんだよ。俺が納得してればそれでいいの」 「真山さんって…」 「ん?」 「自己中心的で…いたっ!!」 「誰が!?誰が自己中だって!?」 「いったーい!!そんなにばしばし叩くことないじゃないですかー!!」 「うるさい!柴田のくせに生意気なんだよ、お前」 「またぶったー!!」 「ってかさ、いい加減その海草捨てろよ!」 「せっかく見つけたのに…」 「うわっ!こっちに持ってくんなって!!磯臭い!!」 「当たり前じゃないですかー。海草ですよ?」 「ヤメテ!来ないでぇー!!」
一瞬、遥か地平線の向こうに麻衣子とお父さんがいた気がした。 もう連れて行ってもらおうとは思わない。 いつかは行かなくてはならない場所だけど 今はもう少しここで、この人のそばにいたいから。
…それでいいんだよね?お父さん。麻衣子。 時々、思い出してるよ。 過去に捕らわれているのではなくて、あなたたちを大切にしたいから。 わたしの中で生きているあなたたちを。 思い出の中でしか、もう生きられないあなたたちを。
「お前には、生きててほしいんだよ」 昔、この人がくれた宝物のような言葉も一緒に。
私が生きる限り、それは消えることはない。 色あせる事も無く、綺麗なままで。 |