02:医者 

 

 

 

手術の時は、医者じゃない。

私は、神になる。

 

失敗した事がないとは言わない。

けれど、治るのは不可能と言われた患者を随分助けたのも事実。

 

医者じゃない、神様になる。

それは不思議な感覚。上手く言葉では説明できない。

 

そしてほら、ここにも私が命を救った患者が一人。

 

 

「気分はどう?お兄ちゃん」

「・・・お兄ちゃんはやめて。先生」

男が薄く笑った。

その男との出会いは、私に目の見えない妹を診てくれと連れて来た事だった。

兄を心の支えとする妹と、彼女に生と光を与えるのに必死な兄。

それは、兄妹と言うよりはまるで恋人のようだと、なんとなく思ったことがある。

実際は、血の繋がらない他人だと言うのだから間違ってはいないみたいだけど。

 

「よいしょっと」

その男が起き上がろうとして、病院の古いベッドが軋んだ。

「まだ無理出来ないでしょ?」

制するように言い放つと、彼は苦しそうに呻いた。

「ほら。まだ傷が塞がってないんだから」

 

男は、数日前に刃物で刺されたのだ。

幸い現場がウチの病院だったからすぐに手術をすることが出来て、男は一命を取り留めた。

ケタ違いの生命力で男は回復し、もう起き上がることが出来るまでになった。

 

「ねぇ、先生」

「・・・何?」

「アイツ・・・どうなった?」

 

長い付き合いではない。

けれども、この男がこんな風に優しい表情で呼ぶ人物はきっとそう何人もいないのであろう。それはわかる。

その人物は、命を賭けて救おうとした偽の妹。

彼女は、別の病室にいる。

 

男が入院して数日。

彼女の事を聞いてきたのは初めてだった。

 

「言ったでしょ?私の手術は完璧だって」

「わかってるよ、先生は神様だもんね」

苦しいのか、それとも元々こういう喋り方だったか。

この男の声は、酷く薄い。

それだけで薄幸そうに思うのは私だけだろうか。

 

「まだ起きてない。亜子ちゃん」

「そう」

「でも、2・3日中に目を覚ますよ」

「そう」

顔を上げずに男はただ頷くだけの返事をする。

 

「・・・目も、見えるようになると思う」

 

その言葉にだけ、男が薄くぴくりと反応した。

「・・・そう」

男が、顔をゆっくりと上げた。

「じゃあ、後は何にも心配いらないんだ?」

言葉とは裏腹に、その瞳はどこか寂しそうだった。

 

私は首を横に振る。

「なんとも言えない。後遺症の心配なんて山ほどあるからね」

「・・・そっか」

 

「ねえ、お兄ちゃん」

「だから、先生お兄ちゃんじゃ・・・」

「あの子を手放すつもり?」

「・・・・・・」

「やっぱり・・・」

「ねぇ、私言ったよね?手術の前に。あの子を引き取ってくれるのかって」

「そういえば、そんなこと言ってたねぇ」

「そう言えばじゃないよ。アンタ、約束したんじゃない。だから私は手術したんだよ?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。先生・・・」

「待てないよ。アンタわかってるの?あの子、もうすぐ目が見えるようになるのよ?」

「わかってるよ」

「アンタが連れて来たんでしょ?あの子を私のところに連れて来たんでしょ?」

「そうだけど・・・先生、意外と情熱的なんだね」

そう言って男が笑う。

 

「俺さぁ・・・アイツのお兄ちゃんでもなんでもないんだ」

「聞いた」

「ただの、孤児のホスト。女騙して、金出させて、そうやって生きてるの」

「へぇ・・・それがどうかしたの?」

「違うじゃん。生きてる世界っていうの?アイツと全然違うじゃん」

「だから、亜子ちゃん置いていくの?」

「そう。不自然じゃん。そんな二人が一緒にいるのってさ。血も繋がってないのに」

「・・・あのさ、それは違うと思うよ」

「先生の中では違っても、俺の中ではそれが正解なの」

「・・・お兄ちゃん」

「だから、お兄ちゃんじゃないんだって」

「アタシさ、最初別にあの子助けようとか思わなかったんだよね」

「・・・え?」

「でも、アタシ手術をしてあの子を助けた。・・・なんでだと思う?」

「・・・さぁ」

「アンタだよ、お兄ちゃん」

「俺?」

「タクロー君に聞いたの。アンタが紹介状もらうために必死に頼み込んだって。・・・土下座までして」

「・・・・・・」

「アタシ嫌なんだよね。生きる気ない子助けるの。あの子からは生きる気力なんて感じなかった」

「・・・・・・」

「でも、あの子を必死に生かそうと思うアンタが近くにいたから、それでもあの子を助けようと思ったんだよ」

男は興味なさそうに、窓の外を見た。

私はそんな男に珍しくいらつきを覚えた。

 

「アンタがいなきゃ、意味ないんだよ?わかってんの?白鳥レイジさん」

「・・・あるよ」

「え?」

「意味はあるよ」

 

「アイツ、目が見えるようになる。光がある。いくらでもこれから作っていけるでしょ、先生?」

 

「・・・・・・」

決意に満ちたその表情に何も言えなくなってしまった。

「それにさ、アイツはじめて会ったときに言ってたんだ」

「・・・何を?」

「『見えないものは信じない』って。その通りだと思うよ」

 

「俺の姿、見たことないんだアイツ。だったら知らないままの方がいい。

『アイツに似合う幸せ』は、きっと俺じゃないんだよ」

 

「・・・アンタ・・・」

「先生にはさ、感謝してるよ。これでも。・・・でも・・・」

「わかった。これ以上何も言わない」

「・・・悪いね」

「いいよ。どうせ私はただの医者なんだから。そしてアンタはただの患者。・・・深入りは止めておくわ」

「・・・そうして?先生」

 

「・・・でも、白鳥レイジさん」

「ん?」

「『医者として』じゃなくってさ、『個人的に』アンタにも、亜子ちゃんにも幸せになって欲しいよ」

「・・・そうだね」

「あーあ。アタシがホンモノの神様ならね」

「何?『ホンモノの神様』って?」

「手術の時だけじゃなくて、いつでも神様になれたら・・・どうしたと思う?」

「んー?俺と亜子を有無も言わさずくっつけるとか?」

「まさか。自分のためにいい男、連れて来るよ」

男も私も笑った。

「一瞬の先生用の男でよければ、ウチの店に来てくれれば用意するけど?」

男がニヤつきながら言った。

「それで手術代を値切ろうたって無理よ」

「何言ってんの?ここの治療費一切は俺じゃなくって奈留が払うから心配しないで。

アイツ、ああ見えて売れっ子ホストだからさ」

「へぇ・・・じゃあ安心だ」

「そうそう。だから、純粋に俺は先生のためを思って言ってるの。ウチの店、来てよ」

「アンタいくつ?」

「え?・・・35だけど?」

「30代でアタシの相手をしようなんて10年早い。大人の色気が出てから出直して来な」

「・・・はい」

 

笑いながらそういうその男は、どこから見てもいっぱしの男で。

けれども、この男の心根は彼女を愛しているからこんなにも輝いているのだと。

だから、どこか惹かれるものがあるのだろうと、頭のどこかがそう言った。

 

さすが、アナタが最後の仕事にと見込んだ男ね、タクロー君。

 

 

もしも、私が本当の神様だったら。

みんなの想いを無視して好きなように世界を動かせたら。

その時はきっとこの男とあの子を結びつける。

離れないように、強く、強く。

でも、男の言い分も私はわかるから。

神ではない私にそこまでする権利はない。

 

でも私はただの人間で、ただの医者。

でも手術をする時だけは神になれるから。

その人間の意志とは関係なく、この世に生かすことが出来るから。

だから、私は手術をするのだと思う。

刹那でも神になりたくて。

 

そう、私はただのエゴイスト。

神よりも私欲的で、医者よりも傲慢な。

 

それでも、私は人を助けることが出来る。

ならば、メスを握り続けよう。

私が神になるために。誰かが幸せになる為に。

 

 

この男にも、幸せが訪れますように。